知られざる地上絵ケルトのホワイトホースに迫る
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秋の日差しがキラキラと降り注いでいた。この季節の英国には珍しい穏やかな昼下がり。 ロンドンから西方へ百キロほど車を走らせ、田舎のくねくね道を右に、左にカーブして、坂を下り、また昇る。 と、急に視界が開け、アフィントンのホワイトホースの丘が遠く左手前方に見えてきた。 辺りは静まり返って、人っ子ひとりいない。まるで時が止まったかのようだ。周辺の丘陵地の風景は原始時代を思わせ、太古の音に迷いこんだような気がした。アフィントンの丘の駐車場に車を止め、3分ほど歩く。丘の斜面に、白い線画の跡が見えてきた。現場に立って辺りを見渡したが、あまりにも絵が大きすぎて、何がなんだか分からない。 頭の先から尻っぽまで、長さ実に140メートルのホワイトホース。 世界最大、最古の地上絵である。
丘の斜面の向こうは崖になっている。こんな危険を伴う場所に、誰がどのようにして、何のために大空からでないと分からない巨大な地上絵を描いたのだろうか。 滑らかなタッチで描かれた白い馬。モチーフは草原を疾走する馬だろう。顔にひげがあり、どこかユーモラスな感じもあって親しみやすい。
この辺り一帯の土壌は石灰岩質で、30センチも地面を掘ると白い石灰岩の層に突き当たる。したがって地上絵を描くこと自体はたやすいが、これほどスケールが大きく、芸術的にも価値の高い作品となれば話は別だろう。 この地上絵は、古代ケルト人が馬信仰の証として、紀元前500年ころ、神に捧げるために描いたとされている。彼らは、優れた鉄器と二輪戦車に代表される高等馬術で知られ、馬は信仰の対象だった。2500年の時を超え、アフィントンの白馬は、私たちに馬の気高さをよく伝えている。南米ペルーのナスカの地上絵は4、5世紀以降に描かれたとされていて、それよりずっとこちらのほうが古い。
アフィントンの丘は英国ナショナル・トラストの所有で、先史時代の追跡が他にも散見される。丘の上には、ホワイトホースと同じころに造られたとされるアフィントン城の跡があり、少し離れたところには、紀元前2500年ころの新石器時代の基所跡がある。 さらに、ホワイトホースと向き合うように、聖ジョージが龍を退治したというドラゴンヒルがある。伝説によると、聖ジョージはこのドラゴンの丘から、熊を投げ捨てた。 アフィントンの丘は、絶好のピクニック場としても知られる。春から夏まで、近くの人たちはここのホワイトホースに寄り添うようにして、ひとときを楽しむのだ。アフィントンのすぐ東にはウォンテージがある。有名なアルフレッド大工が生まれ育った町だ。
ウォンテージはまた、英国の天オ騎手、レスター・ピゴットの生地でもある。ダービー9勝、英国クラシック30勝の不減の大記録を残し、92年に29歳で引退したピゴット。彼もまた、アフィントンのホワイトホースを見て育ったひとりだった。 アフィントンの南には、ランボーンの広大なサラブレッド調教場がある。ニューマーケットと双璧をなす英国二大トレーニング・センターのひとつだ。この地方は、大昔から現在に至るまで、馬と密接な関係があるのだ。 アフィントンはオックスフォード州だが、すぐ南のウィルト州へ下ると、そこには数多くの馬の地上絵がある。 中でも有名なのはウェストベリーの地上絵。
ウェストベリーのホワイトホースは、アフィントンのそれよりもさらに危険な、丘の急斜面に描かれている。この地上絵も非常に大きく、その場所に立つと馬の絵だか何だか、さっぱり分からない。 ウェストベリーの白馬は、少し離れた地上からも、はっきり見ることができる。しかし、空からでないと歪んでしまうのは写真で明らかだ。 このホワイトホースは、元の絵を1778年になって修正し、その後さらに若干の手を加え、今日の見事な出来栄えになったことが分かっている。起源ははっきりしないが、アルフレッド大工がエサンドゥーンの戦いでデーン人を撃破したのを祝い、9世紀に描かれたという説がある。
毎年、夏至の日を前にジプシーたちがこの丘の上に集い、20キロほど東のストーンヘンジに移動して夏至の夜明けを迎えるという。 一度その光景を見てみたい。 チェアヒルのホワイトホースも印象度が強い。 チェアヒルは、ウェストベリーとストーンヘンジを底辺としたとき、その三角形の頂点の位置にある。アフィントンとウェストベリーを結ぶ直線のちょうど真ん中あたりでもあり、車なら一日でこれらすべてを回れる距離にある。英国のちょっと詳しい道路地図には、地上絵の場所に馬型のマークが載っているから、探すのに便利だ。
チェアヒルのホワイトホースは丘の斜面に描かれている。丘上の左側に木立が広がって、背景もいい。まるで一幅の絵のような見事な作品だ。 この白馬は左右43メートルの大きさ。これは起源がはっきりしていて、すぐ西の街、カーン出身のアルサップ博士が1780年に造ったことが分かっている。アルサップ博士は、600メートル以上も離れた地点から、メガホンで声を張り上げ、制作にあたった人たちに細かい指示を与えたという。
英国には、ウィルト州を中心に馬の地上絵が十数力所もある。中には、馬ではなく人をかたどったものもあり、その多くはいわれが分かっていない。 そのどれもが観光地化されていないことだ。有名なアフィントンのホワイトホースにしても、周辺にみやげ物屋ひとつなく、ましてやホテルもなく、ごく自然のままに保存されている。 もちろん観光客めあての宣伝も一切しない。だから有名なというのは、地元でという注釈つきとなる。
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