競走馬の獣医師の忙しすぎる日常に迫る
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馬のお医者さん現在、JRA全体ではおよそ200名ほども、獣医師の資格を持った職員がいる。美浦トレーニング・センター競走馬診療所の防疫課防疫検査係長の佐々木直樹先生が取材に応じてくれた。
「もっとも、その全員が獣医職ということではありません。スターターやハンディキャッパー、裁決委員、それに業務関係と、獣医資格を持った職員は様々なセクションに在籍しています」
美浦トレセンの競走馬診療所には28名もの獣医師が所属し、水~金曜まではトレセンの診療所で平常業務をこなす。
獣医師も、ほかの関係者同様、朝が早い。朝6時、なんと調教スタンドにも、獣医師2名、診療助手1名が詰めるのだ。調教中にも、いつなんどき事故が起こって馬が故障したり、また急病になるかもしれない。そんなアクシデントにそなえ、ちゃんと双眼鏡で監視しているのだ。また、レースに出走するにあたって、病気などの支障がないか確認する「出走診断」も行なわれる。
朝9時、診療所の出勤者全員で当日のスケジュールを確認する。人院中の馬がいたり、重い症状の馬がいる場合は、彼らの病状や治療内容もこのとき報告される。朝礼が終わると往診依頼の開始だ。
「ほとんどは、熱発とか、ハ行とかの治療です。ただ、歩けない馬の場合もあるので、レントゲン撮影の装置を診療車に載せて往診先で撮影ということもあります」往診が終わるとカルテ入力が行なわれる。オンラインの端末での入力なので、美浦トレセンで入力したカルテは、東京競馬場でも札幌競馬場でも確認することができるのだ。
10時頃からは物理療法や一般診療が始まる。「よく使われるマイクロレーダーは、患部にあてることで血行がよくなってあたたまり、痛みを和らげられるんです。筋肉痛や関節痛を起こした馬に適した治療法です」また、SSP治療といって、最新の電気針治療もある。吸引式の電極に電気を流すことで筋肉を収縮させ、疲れた筋肉をほぐしてあげられるのだ。
また、レーザー(赤い光をベンタイプの治療機の先から放射して忠部にあてるもの)は、治癒を促進させるだけでなく、患部の痛みをとる効果があるそうだ。骨膜が出た馬、骨折した馬によく使われる。これらが物理療法だ。「一般診療としては、呼吸器に問題がある馬の鼻から、これは口から入れると噛まれてしまうからですが、人間用と同じ内視鏡を入れて忠部を検査したり、吸入治療をしたり、疲れた馬の疲労回復のためにビタミン注射をしたり、歯が悪い馬の治療も行なわれます」人間のお医者さんは専門分化しているが、馬のお医者さんは、内科、外科はもちろん、整形外科、眼科、歯科、皮膚科、泌尿器科などなど、超マルチでないと務まらないのだ。
13時からは手術が始まる。もちろん、症状や手術馬の数によって時間は変更されるが、だいたい1週間に3頭から5頭ほどだそうだ。急患がいれば、休日でも早朝でも行なわれる。
麻酔担当が2~3名、手術担当が2~3名、器具を手渡したリライトを調整する担当が2~3名というかなりの人数が1チームとなる。17時からはミーティング。それぞれの担当馬の経過報告が行なわれ、それに対して獣医職全員で治療法を検討する。28個のスーパー頭脳が馬たちの回復のためにフル回転するのだ。
夜間は、交替で当番となる獣医師が携帯電話を持ってトレセンの寮で待機し、茄痛や熱発など、厩舎からの急な呼び出しに対応できるようになっている。
「僕が当番になる機会はほとんどありませんが、若い獣医師が交替で当番につき、携帯電話を持って待機します。日に2~3件くらいですが、夜中や早朝の呼び出しがあります」
ざっと1日の流れを聞いただけで、猛烈に忙しく、しかも神経を使う作業の連続だということが伝わってくる。人間のお医者さん同様、馬のお医者さんも相当な激務だということだ。
開催日の獣医師
さて、競馬の日の獣医師は~ 診療所で事故にそなえ、待機しているのだろうか。「開催日は、まず装鞍所でケガなどで馬体に異常がないか、注射の痕などがないかを調べます。
また、その馬が登録されている個体かどうかの識別も獣医師の仕事です。毛色や性別はもちろん、星の位置や形、旋毛の位置など、カルテや装蹄の情報とともに入力されているデータを使います」
なるほど、以前に海外で替え玉事件があったが、本馬かどうかのチェックは獣医師がしているのか。「パドックでも、獣医が控えており、歩様におかしいところがないかなど、動きを見てチェックします」
無事に馬が本馬場人場したあとも、別の獣医師が馬場内の救急車に乗って待機している。馬場に入ってからのアクシデントには車中の獣医がまずあたるのだ。「救急車には馬のためには獣医、人間のためには『人救護係』というJRAの職員とが乗っています。人がケガをした場合は担架で救急車に運び、馬場を出てすぐの場所にある「人救護所」に行き、そこで人間のお医者様に診ていただきます」なるほど、人間は比較的簡単に動かせるから、そのための補助の人が乗っていればいいわけだ。
「あとは、何事もなくレースが終われば、診療所にすべての馬が戻ってきます。ケガや異常がなくても、全馬の目を消毒液で洗浄し、抗生物質入りの目薬(人間用と同じもので軟膏タイプ)を塗るんです。芝でもダートでも、土や砂などが跳ね上げられて馬の目に入ってしまうので、角膜に傷がつきやすいですし、その後の炎症を押さえるためにも必要な作業です。
ほかにも、ぶつけたり、ほかの馬に蹴られたり、自分で踏んでしまったりなど、ケガをする馬が1日10頭前後はいますね。ハ行のある馬のレントゲンなども競馬場の診療所で撮ります。そのほかの外傷の治療も診療所で行ないます。また、上位3着までに入線した馬を、「検体採取」といって尿をとってドービング検査をする担当がいます」かなり多くのセクションに分かれているようだが、開催日にはどれぐらいの獣医さんが詰めているのだろう?
一獣医委員として、A、B、Cに分れています。Aはメインとして競馬全体を把握する人、ゴンドラや下見所ですべての状況を常時チェックします。Bが装鞍所に詰めている獣医。Cが検体採取所にいる獣医です。さらに、獣医員がおり、それが診療所に詰めている獣医です。
各所ひとりがメインで、あとは補佐の獣医が入るので、だいたい11名の獣医が競馬場にいるわけです」もちろん、競馬場でもトレセンでも、治療者としての獣医さんの出番は少なければ少ないほどいいわけだが、平常業務においては、彼らが休日も、夜間早朝をも含めて緊急事態に対応できるような態勢であること、様々な症状に対してできるだけ早期発見、早期治療、そして予防に心を砕いていてくれるからこそ、膨大な数のサラブレッドが元気に生活し、レースに出走することができるのだ。たしかに精神的にも肉体的にもたいへんだが、やりがいのある仕事であるのは間違いない。
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