蹄鉄を装着して病気や怪我から馬を守る

五冠馬誕生の影の立て役者シンザン蹄鉄

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1996年産36歳という日本での軽種馬の最長長寿記録を残して他界した名馬シンザンは現役の頃、前肢と後肢をぶつける追突に悩まされていた。

追突には、前肢が後肢にぶつかる場合と後肢が前肢にぶつかる場合の二種類がある。前肢が後肢にぶつかる追突は、競走馬には多くみられる。前蹄の爪先が、後肢の繋や球節、時には飛節の内側にまでぶつかるもので、追い切りやレース中に多く発生する。スピードが増して後躯が深く踏み込んでくると、前蹄鉄の先がナイフ代わりになって踏み込んできた後肢を傷つける。しかし、多くの場合、競走能力に関わるような致命傷にはならないようだ。

後肢が前肢にぶつかる追突は、後蹄の爪先が、同側の前肢の蹄の裏、蹄球、時には屈腱部にまでぶつかるものだ。速歩でよく見られ、時に駈歩でも見られる。馬の運動は胴体を支点に前肢と後肢が振り子運動をしているが、その振り子のおもりどうしがぶつかるのだから、相当な衝撃になる。追い切りやレース中に発生すると、蹄と蹄がぶつかり合うばかりか、骨折や腱断裂を起こすこともあり、競走能力に大きく影響する。

シンザンは後蹄の爪先を前蹄の裏にぶつけて、重度の跛行を呈した。シンザンの体形は父ヒンドスタンによく似ていた。後躯が発達しているので踏み込みがよい。また、前躯は重心が低く肢をやや後ろに踏んでいる。このように前肢が後踏で、後肢が前踏のウマを集合肢勢と呼ぶ。競走馬には比較的多くみられるこの肢勢では、前肢と後肢の間隔が短くなり、追突しやすくなる。スピードを出すためにより深い後躯の踏み込みを要求される競走馬にとって、この追突は一種の職業病と言えるかもしれない。

そんなシンザンのためにシンザン蹄鉄が考案された。前蹄鉄にT字形の橋を渡し(鉄橋蹄鉄)、後蹄の爪先を鉄板で覆う(縁状突起蹄鉄)という蹄鉄だ。この形ならぶつかり合う部分を保護できる。 調教師や装蹄師が、試行錯誤を繰り返した努力のたまものだった。 五冠馬シンザンが誕生したのはこの蹄鉄のおかげとも言える。

蹄の病気には蹄鉄がきく?蹄葉炎を治療するハートバー蹄鉄
天馬トウヨウボーイは、蹄葉炎という病気に悩まされた末、生命を奪われてしまった。トウショウボーイのライバル、テンポイントをはじめ、同様にこの病気で死亡した名馬は少なくない。

蹄葉炎は、蹄の内部の炎症で蹄骨と蹄壁との結合が悪くなる病気で、蹄充血または穀あたりとも言われている。重症の場合には蹄骨が蹄底を突き抜けてしまう。古くから蹄病のひとつとして予防法や治療法が検討されてきたが、この病気の原因について正確なことはいまだにわかっていない。現在わかっている誘因としては、濃厚飼料の過食や立ちっぱなし、骨折をした場合に反対側の肢にかかる過大な負重などがある。

過食から発症することから、人間の糖尿病の前駆症状に当たるのではないかという説もある。 馬は、この恐るべき疾患に悩まされるほとんど唯一の動物である。競走馬がこの病気にかかった場合は、まず競走馬としての生命に終わりを宣告されたも同様だ。

現在、蹄葉炎には蹄鉄を用いた治療が施されている。この装蹄療法では、蹄骨の変位を抑え、整復することに主眼が置かれる。欧米、ことにアメリカでは、ハートバー蹄鉄の応用が注目されている。この蹄鉄の特徴は、連尾部を蹄叉の形状に沿って鉄頭部の方向に突出させていることだ。この蹄鉄を装着して、転位してくる蹄骨を抑え、症状を緩和させる。

また、この蹄鉄を装着する際には、蹄叉に適度な圧迫が加わるようにする。つまり、蹄骨の転位する程度に応じて蹄鉄上面(接蹄面)のほうに折り曲げるとよい。 蹄葉炎は早期に適切な診断と処置が行われることが最も肝要だ。早期発見ができれば、回復させることが可能になる。


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