スターターの仕事は旗を振るだけじゃなくゲートをチェックしている

スターターの仕事は旗を振るだけじゃなくゲートをチェックしている

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スターターのお仕事
美浦トレーニング・センター公正室主査の緒方一徳さんの場合、なぜスターターを希望したのか。
「スターターって、ハタから見ると、ただ単にゲートを切るだけだと思われる方が多いと思いますが、スタート台に乗ってゲートのスイッチを切る以上に大事な役目があるんです」たしかに、私たちがスターターと聞いて思い浮かべるのはスタート台に乗って旗を振る光景だ。

「スタート台に乗っている人間と同じ帽子、同じ制服を着たものが、ゲート入りの馬たちの後ろに控えて、長いムチを持って誘導や指示をしたり、馬たちのチェックをしているのをご覧になつたことがあると思います。できるだけスムーズに事故なくゲート入りをうながすこと、また、全馬に異常がないかどうか確認することもスターターの重要な仕事なんです」

ということは、スターターは各レースごとひとりじゃなくって、何人もいるということか。「通常は1場あたり3名から4名おり、うち3名が4レースずつスタート台を担当します。それ以外の要員がゲートの後ろにつくわけです。もっとも、いざ本番のゲートでトラブルを防ぐだけでなく、僕たちの本当の仕事はトレセンにおいて、ゲートに難のある馬たちを調教、指導して本番にそなえることなんです」


トレセンのスターター
取材で美浦トレセンにうかがった日、まず見せて頂いたのはゲート試験などが行なわれるゲート練習所だった。
いきなり目に飛び込んできたのは、ゲートに納まっている2頭の馬たちだ。
うち1頭は延々とゲート内で駐立する練習中なのか、たまに暴れようとするとなだめられるというのを繰り返していた。

もう1頭は、ゲートの上部をくぐらせたロープで、尾の付け根を縛られていた。長時間入ったままなのはこの2頭のみで、ほかにもたくさんの馬たちがゲートに入っては出ていった。
「今日はたまたま多めに練習を要する馬がきてますが、ゲートに問題がある馬ほど、後半にここに来るように指導しています」

後半とは、なんの後半だろう?
「今の時期なら、水曜から金曜までの毎朝7時から10時45分まで、この場所でゲート練習やゲート試験が行なわれます。試験中などに横でクセの悪い馬にバタバタされて、そのせいで若い馬などが悪い影響を受けたりするといけないので、終了時刻に近い時間帯に来て欲しいということです。

もっと早い時間に取材されたら、ああ、こんなもんなのかと思われるくらいスムーズな馬がほとんどですよ。今日はほんとにたまたま、集まったって感じですね」でも、おかげでスターターの裏側での苦労が如実に伝わってきたともいえる。後半に来る馬たちはほとんどが常連なのだそうで、ほとんどの馬たちはすんなり入ってすんなり出て、試験をパスしていくのだという。

「ここを利用する馬たちは1日50頭から100頭くらいですが、そのうち、トラブル防止のため何度か練習を要するのが1割いくかいかないかで、さっきみたいに縛る必要がある馬というのは、せいぜい日に1~2頭です。なんといっても、本番でトラブルを起こさないようにするのが僕たちの仕事ですから、ここでの練習でできるだけ矯正し、また、競馬場でトラブルを起こしてしまった馬たちを再調教するんです」記者が見た馬たちの1頭は競馬を使い始めてからゲートで悪さをするようになった馬、もう1頭はまだ競馬になれておらず、ゲートヘの恐怖から暴れてしまった馬だという。

「長く入れたままのほうは、しっかりと四肢で立って、お尻とかに緊張感が出ないようにさせる訓練です。恐怖感がお尻の緊張を呼び、そうすると立ち上がってしまったりするんです。横でパタパタっと音がしただけでも立ち上がってしまう。一度そういうことがあると、なかなか忘れないものなんです。怖くないんだよと、水、木、金と練習して、次の週の水曜には練習したことを忘れている。恐怖のほうは忘れていない。

で、また木、金と練習する。そうすると、怖がる必要がなかったというのを思い出してくる。
だいたい、2~3週間で完了です」尾を縛ったほうはどんな訓練なのだろうか。

「あの馬はゲート内でもたれ込んで、座ってしまうんです。怖いというのもあるんでしょうが、ゲートに入ったとたん、くたくたっと腰砕けみたいになって座り込むんです。そんな馬の場合、ああして尾を縛っておけば、立っているしかないわけですから、防止になり、ここでは座ってはいけないんだよということを理解させるということです。まあ、いろいろですよ。立ちあがったり、前扉の下をくぐって出てしまう馬もいますし、このタイプの馬も、尾を縛って矯正します」


スタートまでの流れ
ほとんどのファンが見るのはスターターがスタート台に歩み寄るシーンからだが、実際にはどんな手順でスタートにいたるのだろうか。「場内を車で移動して、輪乗りしている地点まで行きます。時間が来たら『行きます』と合図をして、発走車のスタート台に乗り、白旗がいるかどうか確認します。

白旗の担当者はゲートから200メートルくらいのコースの真中に立っている人で、スターターがふる旗というのは、白旗に向かって今からスタートしますと合図するためのものなんです。別にファンに向かってふってるわけじゃないんですよ(笑)。レースでフライングがあった場合、スターターが自旗に向かつて再度旗をふると、白旗が馬たちに向かって白旗をふり、スタートのやり直しを知らせる、これがいわゆるカンパイです」カンパイの場合、白旗を見たジョッキーが馬たちを止め、放馬止めの要員がコースに出てくるわけだ。


「おいしい仕事」じゃない
スターターが持っているゲートのスイッチ、あれは、正確には「リリース」と呼ばれるゲートコントローラーだ。立ち上がりそうな馬、逆に座り込みそうな馬がいないか、立ち上がってしまった馬がいたら戻った瞬間を見極めるなど、最適の瞬間を見計らったスターターがリリースを握ると、ゲートが開く。

この瞬間を見極めるために、「発走台帳」や「発走ノート」、その元となるスターターの観察やスターターどうしのミーティングなどがあるのだ。
ひとつのレースが終わってゲートが移動し、次のレースのため設置されると、そのレースを担当するスターターが発走車まで行って必ずテストをする。

でも、その前にスターターの仕事がもうひとつあるのだ。本馬場入場をする馬たちを確認する作業がそれだ。馬たちが出てくる個所の両脇に控え、鞍直しや、落馬がないか、時間がかかりそうな要因はないか、などの最終チェックをする。それを済ませてから車でゲートまで移動し、テスト。その後整馬担当者が集合旗をふり、輸乗りを開始。その間も、スターターは頭数の確認、癖の悪い馬の確認、入れる順番などをチェックしている。そして本番のスタートという流れをこなす。

「皆さんが考えるような『おいしい仕事』じゃないですね(笑)。何も起こらないのが当然であり、何かあったら批難が集中するんですから。こちらとしてはスムーズに進めようといろいろな努力をするんですが、たとえばゲートの扉をくぐろうとする馬がいますよね。それを入間が足で押さえることによって、馬の首や背中の骨折、ジョッキーのけがなどを未然に防ぐことができるんですが、『何故あんなときに蹴るのか?』というふうにしか見てくれなかったり……。

こちらとしてはファンから誤解のないようにしたいけれども、人馬の安全は最優先されなければいけませんし」ここまでお話をうかがってきて、そのたいへんさがひしひしと伝わってきた。実際、神経をすり減らす作業の連続といってもいいのではないだろうか。

「そうですね。ひとレース終わるごとに、ホッとします。職員でも、最初はスターターになりたいっていう人がけっこういますけど、スターターの仕事の内情がわかってくると、ほとんどみんな希望しなくなりますね(笑)。「これは、自分たちには無理だ』って思うみたいです」



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