JRAの厩舎で働く調教師や厩務員になる方法
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厩舎に関わる仕事とは?競馬に関心のある者なら、誰もが一度は「厩舎で競走馬に触れながら働きたい」と思うはずだ。彼らこそ競馬の主役。騎手とともに直接馬に触ることができる職種だからである。
だが、誰もがトレーニングセンター内に簡単に立ち入ることができないように、誰もが厩舎で働けるわけではない。
たとえば、トレセンの中でもっとも人数が多い厩務員の場合でも、競馬学校の厩務員課程を卒業しなければ厩務員になれないのが現状だ。調教師がさらに狭き門なのはご存じの通りで、2002年に調教師試験に合格した者は東西合わせて6名、しかも開業するまで数年も待たねばならない状況である。
まさに「狭く困難な道」である厩舎内の仕事。トレセンの外からは見えづらいこれらの職種について、わかりやすく説明しよう。
なお、この欄で書く「調教師」「厩務員」「調教助手」「調教厩務員」などの職種は、特別な注がないかぎりJRAに属するものである。
調教師
調教師とは、馬主から委託された競走馬を、JRAの競馬に出走させるために管理する者のことである。
「日本中央競馬会が行う免許を受けた調教師又は騎手でなければ、中央競馬の競走のため、馬を調教し又は騎乗することができない(競馬法第16条の1)」ときっちり法律で定められているように、調教師になるにはJRAの発行する免許が必要である。
調教師の仕事の目的は、JRAが主催する競走に出走する競走馬の確保。わかりやすく書くと、調教師の仕事は「自分の管理馬をJRAの競走に出走させること」なのだ。調教師の実務は、大きく3つに分けられる。
◆新たに競走馬を集めること
◆厩舎に働く人間と競走馬の管理
◆馬を委託する馬主との交渉
ひと昔前は、調教師のもとには、古いつき合いの牧場がいて、約束事のように毎年馬を入れてくれた。また永年信頼して競走馬を預けてくれる馬主がいた。厩舎の中には、先輩に叩かれて仕事を覚えた厩務員が、デビュー以来ずっと厩舎に居続ける馬の世話をし、調教師は馬の様子を見ながら調教の指示を出す、という仕事ぶりが一般的だった。
だが、時代は大きく変わった。
調教師は馬房数の3倍まで競走馬を管理できるようになり、20馬房を管理する調教師は最大60頭まで登録できるようになった。だが、それまでと変わらず20室しかない馬房は、出走待機の馬でつねにフル稼働。トレセンの近くの牧場では、短期放牧に出された多くの競走馬がおり、休養しながら馬房が空くのを待っている。また北海道の牧場では、長期休養中の競走馬が入厩10日後(木出走馬は15日後)にレースを使えるよう、ほぼギリギリまで乗り込まれている。
60頭の登録馬に空きがでないよう、調教師は少しでも素質のある馬を手に入れるため、さまざまな牧場、海外のセリに巡らなければならなくなった。また、登録した60頭をレースで使えるよう、厩舎や放牧先にいる馬たちのコンディションを把握する。調教師が飛び回っている分だけトップが厩舎にいない時間は多くなるので、厩舎の中に自分の右腕となる人間たちを育て、厩舎活動が持続できるよう手配する。
さまざまな厩舎関係の自由化で、事業主である調教師の仕事が大きく増えた。これらの仕事を、たったひとりでこなす調教師に必要なのは、馬が好きなこと、そして体力。
近年、調教師試験合格者の平均年齢が下がっているが「これから調教師になっても体力が持たない」と感じた50歳以上の人たちが調教師を諦めているからと思ってしまうのは、考えすぎだろうか。
厩務員
厩務員とは、調教師に雇われて厩舎の馬の世話をする人のことである。
厩舎における調教師と厩務員の関係は、会社での社長と従業員の関係とほぼ同じ。厩務員は労働組合をつくり、調教師の団体である日本調教師会と、毎年労使交渉を行っている。もちろん給与も調教師から支払われる。
厩務員は自分の担当馬の世話をするのが仕事だ。現在では、ひとりで2頭を担当するのが主流だ。管理責任者である調教師の指示を受けながら、毎日馬の世話をし続ける。
仕事の具体的な内容は、馬房を掃除したり、馬を洗ったり、飼い葉をつくったり、寝ワラを干したり……。厩舎内の雑用もあり、ここには書ききれないくらい多い。もちろん朝も早く、毎日午前3時ごろには厩舎に行って、馬の世話をするのが一般的だ。
厩務員は、毎日毎日馬を世話し続ける仕事である。馬に対する愛情や馬と接する喜びを、日々新たに感じられる人でなければ、いずれ仕事に飽きてしまつたり、なおざりになる可能性は充分ある。一生は長い。現在では牧場に勤めた経験のある者でなければ厩務員試験を受けることができないので、牧場での修行期間をいい機会に、果たして自分が厩務員という仕事を一生続けることができるのか、じっくり考えた方がよいだろう。
と、ここまで何度も「厩務員」と書いてきたが、厩務員という免許は、じつは存在しない。競馬法に定められている免許は、馬を管理する調教師と騎手だけであり、厩務員とは調教師に雇われた者、という資格なのである。ただ、厩舎で働くということ自体が、非常に特殊な業務で、またトレーニングセンター内は公正競馬の確保のため、多くの規則があることを忘れてはいけない。
調教助手・調教厩務員
近ごろトレセンで大きく変わった職種が、この調教助手である。
これまでは「馬を世話する人=厩務員」「馬の調教をつける人=調教助手」という図式が成り立っていた。騎手を引退して調教助手になる人も多く、また昔は馬に乗って調教できる厩務員がそれほど多くなかった。厩務員と調教助手と職種をふたつに分けていたのには、きちんとした理由があった。
ところが、調教師の仕事がどんどん拡大していくに連れて、調教助手に「調教師の助手」という、文字通りの仕事が加わってきた。また競馬学校厩務員課程の設立後、馬に調教をつける厩務員が増えてきた。
そこでJRAは、調教助手の制度を根本的に見直すことになった。調教助手の受験資格を調教師からの申請を尊重し、原則として口頭試験に合格すれば調教助手になれるようになったのだ。
所属する厩舎の馬すべてに調教をつけられるのは、調教師と騎手のほかは調教助手だけだ。
また厩舎によっては、先に書いたように調教師の替わりに厩舎の調教スケジュールなどを管理したり、馬主と打ち合わせをしたりと「調教師の助手」として厩舎の番頭となるケースもある。調教助手から調教師になるケースが増えているが、その多くは調教師の右腕として業務を経験した者である。
また最近、厩務員でも調教をつけられる「調教厩務員」という職種がある。文字通り、調教をつける調教助手と、馬の世話をする厩務員の業務を兼ねる存在だが、調教をつけられるのは自分の担当馬だけに限られているのが調教助手と大きく違っている。むしろ、厩務員という仕事に、担当馬の調教をプラスしたものと考えてよいだろう。
調教厩務員になるには、調教助手と同じく調教師の申請が必要である。「○○厩務員を調教厩務員にしたい」と調教師がJRAに中請すれば、口頭試験ののち調教厩務員と認められる。競馬学校厩務員課程では乗馬技術も教えられるので、競馬学校を卒業した厩務員には調教がつけられる者が多い。自分が、厩務員に向いているか、それとも調教助手に興味があるのかを判断するきっかけにもなるだろう。
なお、この調教助手と調教厩務員は、どちらも厩務員からしかなれないのに注意したい(騎手からの転職はのぞく)。
まず厩務員になってから、自分の向き不向きを考える。それでも調教助手や調教厩務員になりたい人が、調教師とJRAの許可をもらいジョブチェンジしていくのである。
JRA競馬学校厩務員課程
厩務員試験実技と経験が合格のカギ
厩舎内で勤めるには、まずは厩務員になることからはじまるのが一般的である。
昔は調教師が馬に触ったことのない人を採用していた牧歌的な時代もあったようだが、現在では千葉県白井市にある競馬学校の厩務員課程を卒業するのが、事実上唯一の方法となっている。
●応募資格
競馬学校の厩務員課程はわずか6ヵ月しかない。騎手なら、卒業してもしばらくは減量の恩典があるが、厩務員には新人だからといってハンデもなにもない。卒業したら即一人前、それが厩務員なのだ。
しかも、3年間の騎手課程と違い、牧場などで馬を取り扱った経験がなければ、わずか半年間で馬の基礎からたたき込み即戦力まで育て上げることは実質的に不可能だ。加えていまは、厩舎で馬を扱える能力は当たり前、さらに調教までつけられる調教厩務員が現場で求められている。
取材では、今後、馬に乗れない厩務員よりも、自ら担当馬に調教をつける調教厩務員を増やそうとしているJRAの方針は明確になっており、2002年度秋期の募集要項から「乗馬経験についてはおおむね6カ月以上、牧場での競走馬・育成馬騎乗経験についてもおおむね6ヵ月以上、双方の合計でおおむね3年以上」という目安が追記された。
競馬学校厩務員課程では、とにかく実戦力となる人材を求めている。ならば、同じ牧場でも、繁殖牝馬や仔馬の世話がメインになる生産牧場よりも実際に調教に跨る育成牧場の方が有利、さらに事実上現役馬の外厩となっているような育成場で経験を積んでいればさらに有利と考えられるかもしれない。
このふたつの騎乗経験記入欄を、どれだけ詳細に記入しているか、また堂々と記入できるだけの騎乗実績を積んでいるか。これがかなり重要。願書の記入から、厩務員課程の試験ははじまっているのである。
そのほか、競馬学校の厩務員課程を受験するには、左の条件に当てはまることが必要だ。
◆満28歳未満で、中学校卒業以上の学歴
◆体重が60キログラム以下
◆健康であること
それ以外にも犯罪などについて条件が設けられているので、詳しくは競馬学校が作成している厩務員課程募集案内をご覧になってほしい。
●1次試験
ここ最近の競馬学校厩務員課程の受験者はおよそ400名以上、それに対して合格者は最大で50名だから、合格率はおよそ9~10倍という狭き門になっている。そのうち1次試験でおよそ80人にまで絞り込まれ、2次試験で最大50人の合格者が決まる。つまり1次試験は、300人以上が落とされる過酷な試験なのである。
1次の筆記試験は、一般教養、作文、身体計測、運動機能検査からなっている。
2001年の試験を例に説明するので、今後の参考にしてほしい。なお、今後試験内容が変更する可能性もあることをご了承いただきたい。
一般教養は、国語、社会、競馬一般の3つからなり、解答時間は90分である。国語では、中学校卒業程度の学力にしては多少難しめなので、高校1~2年生レベルと考えて勉強すればよいのではないか。問題の中心は、漢字の読み書き、長文読解など。社会は、倫理や歴史、地理以上に、現代社会の知識が必要だ。
新聞やニュースをこまめに見て、そのキーワードの背後にある社会状況を理解できていると有利だろう。競馬一般は、競馬の知識や馬に関する問題など、牧場で勤めていれば身に付く内容の問題が多い。普段から、馬学、血統など身に付いた馬に関する知識を深めていくことを大切にしよう。
一般教養の次は作文。文量は800文字で時間は45分だった。ちなみに昨年の命題は「自分が理想とする厩務員とは?」。厩務員という職業について普段から自分なりによく考えていることが重要だろう。また、文章を書くことに慣れていないと、本番の作文で自分の考えを明快に書くのは難しい。
運動機能検査は、筋力よりも柔軟性とバランスが問われる。騎乗に必要な腰や股などの関節が、柔らかくよく動くように、日常から心がけておこう。
身体測定では体重と握力を検査される。ここで重要なのはもちろん体重。受験資格の60キログラムを超えていたら即不合格。
以上が、1次試験の内容である。このうち一般教養、作文、運動機能検査のひとつだけ飛び抜けているより、すべてバランスよく得点しているほうが有利のようだ。
●2次試験
1次試験を突破したおよそ80人の受験者は、2次試験に進むことになる。2次試験は、健康診断、面接、性格適性検査、騎乗適性検査で構成されている。1次試験と同様に、2001年の2次試験についても、200l年を例に説明する。なお、2次試験も今後試験内容が変更する可能性もあることをご了承いただきたい。
面接は、単独で数人の面接官の質問に答える形式。受験者の人となりを直に問われるので、あまり緊張しすぎずに、普段から考えていることを素直に出すのがよいだろう。
騎乗適性検査は騎乗の基本を試験される。競走馬の調教だけでなく、乗馬も基本に立ち返って勉強した方が成績は良くなりそうだ。
そのほかに性格適性検査や健康診断がある。そうして2次試験が終了すると、競馬学校の試験官の会議で最終的な合格者が決まる。実は入学願書の騎乗経験欄が、この会議でも取り上げられる。たとえば当落線上に、同じ成績の受験者がふたりいたとき、騎乗経験が豊富な方が選ばれる可能性が高いのだ。
厩務員にふさわしい者とは以上が、2001年の競馬学校厩務員課程の試験内容である。今後は変更も考えられるので、必ずしもこの内容が続くとは限らないことを、再度書き添えておく。
ただ「厩務員になろう」とする前に考えてほしいことがある。果たして自分は、一生厩務員として暮らしていくことができるのか。馬に関わる仕事とは、みんなで力を合わせて1頭の馬を成長させていくものである。とくに競馬に直接関わる厩舎では、チームワークの有無が馬の成績と直結する。馬とだけ向き合って、暮らしていける世界ではないのだ。
そのため、他人との協調性、社会人としての教養、そして馬を愛して根気強く仕事を続く資質。この3点が自分に備わっているかどうか、もう一度考えてから厩務員を目指してほしい。参考までに、2002年度春期のスケジュールと受験会場を書いておこう。受験会場は競馬学校、栗東トレーニングセンター、静内町公民館、JRA小倉競馬場の4カ所。
詳しい受験状況を知りたい人は、JRAのホームページ内の競馬学校紹介、もしくは競馬学校に直接問い合わせてほしい。
勤める厩舎は人事委員会が決定競馬学校厩務員課程の入学は、春期が4月と7月、秋期が10月と翌年1月の2期4回に分かれている。それぞれ20~25名が入学し、馬学、護蹄、馬術・競走論理、法規、競馬の仕組みといった学科と、馬の飼養管理、基本馬術、調教技術の基礎といった実習を6ヵ月間続ける。授業料は徴収されないが、寮生活のため食費分(2002年は26万円)を競馬学校に支払うことになる。
そうして6カ月間競馬学校で学び、競馬学校を卒業する。だが、これで厩務員になれるわけではない。卒業生は調教師の団体である社団法人日本調教師会が行なう厩務員採用試験を受ける。この面接試験で配属先などの希望が聞かれ、合格すれば調教師会と厩務員労働組合からなる人事委員会でどの厩舎に配属されるか決定され、ようやく厩務員になることができる。なお「厩務員」という免許はない。厩務員とは、あくまで厩舎に雇われて馬の世話をする人のことであり、厳密に書けば、厩舎を辞めたら厩務員と名乗ることはできない。JRAから免許が与えられる調教師や騎手とは根本的に違う。
また、2002年度の入学生を対象に、新たにできた制度に「調教師推薦制度」がある。これは、調教師が競馬学校厩務員課程に、これと見込んだ受験者を推薦する制度である。とはいえ、一般の受験生と同じく1次試験と2次試験を受けなければならず、推薦人学制度ではないので、当然合格レベルに達しなければ不合格になる
調教師試験
筆記も日頭も試験は超難関さて、もう一方の調教師になるには、以下の条件を満足すことが必要だ。
28歳以上であること
JRAの役員や職員でないこと
JRAの馬主資格を持たないこと
JRA審査会の委員ではないこと
ほかにも多くのルールがあるが、普通の暮らしをしている人なら引っかかることはない。じつは厩務員など厩舎周りで働いていなくても調教師になれるのだが「ほとんど閉じかけた狭き門」というくらい難関だ。
試験の内容は、1次試験が身体検査と筆記、2次試験は面接だ。1次の筆記試験で試されるのは、学力と技術。具体的には「1・競馬関係法規に関する専門的知識および労働関係基本法規に関する一般的知識」「2・調教に関する専門的知識」「3・馬学、衛生学、運動生理学、装蹄、飼養管理および競馬に関する専門的知識」が問われる。
2次の面接試験では「1競馬関係法規ならびに厩舎の経営および管理に関する専門的知識および一般常識」「2・調教に関する専門的知識および技術」「3・衛生学、運動生理学および飼養管理に関する専門的知識および技術」「4・馬学、装蹄および競馬に関する専門的知識および技術」が問われる
開業後
激変する厩舎システム
さて受験には直接関係ないのだが、2002年度からはじまった、調教師の「メリットシステム」など、いま起きつつある厩舎システムの変化について触れておきたい。
「メリットシステム」とは20馬房を持つ調教師に対するもので、厩舎ごとに1馬房あたりの出走数と勝利数の偏差値をつけ、下位10厩舎の2馬房を上位の10厩舎に与えるというものだ。調教師試験に合格して厩舎を開業すると、初年度は12馬房が与えられる。そして1年ごとに2馬房づつ増えていき、5年後には一般の調教師と同じ20馬房になり、その後は調教師が引退するまで20馬房が与えられ続けていた。
ところが「メリットシステム」は馬房数を制限することで成績の良い厩舎とそうでない厩舎を差別化する。最大4馬房の増減なので「ヌルい」という声もあるが、1馬房あたり3頭登録可能なことから最大で72頭登録できる厩舎と鶴頭しか登録できない厩舎ができてしまう。その差はなんと24頭! さらに馬房が減らされると厩舎のイメージも悪くなり、馬主も牧場も厩舎から離れる事態も考えられる。そうなると、48頭集められるかも微妙だ。
2007年までには、この「メリットシステム」が順次見直されることになっている。だが、みな同じ馬房数に戻ることは考えられず、最低でもこのまま、おそらくは成績が悪い厩舎は馬房がさらに減らされるようになるだろう。
公正取引委員会の勧告により、馬主の預託料も自由になった。これからは好成績の厩舎の預託料は高く、そうでない厩舎の預託料は低くなるだろう。預託料の大半は、厩務員などの人件費である。厩務員の給料も、その影響をまぬがれないはずだ。
厩舎システムの変化でさらに競走が激化する。
これから厩務員や調教師になろうとする人は、厩舎システムの激変を乗り越える強い意志を持って臨んでもらいたい。
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