競馬学校騎手過程で騎乗や厩舎作業をする生徒に密着取材
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競馬学校騎手過程5時30分
夜更け過ぎに降り始めた雪は、辺り一面を銀世界へと変えつつあった。
吐く息は白く、手もかじかむ。
彼らが毎日味わっている厳しさを、肌で感じさせようという自然の配慮か。
騎手過程の生徒が暮らす寮では、すでに朝の検量が始まっていた。みな勢いよく着ているものを脱ぎ捨て、パンツ一枚に。そして「おはようございます」という挨拶と、自分の名前を教官に告げ、体重計へ上がる。
成長期に合わせて、体重制限も細かく規定されている。彼らの身体には、無駄な肉がまったくついていない。
体重測定を終えると、次に朝礼が待っている。
普段は外で行われるそうだが、雪の影響で今日は寮の中。「点呼1、2、3……」。慣れた日常とはいえ、まだ陽も昇らぬ5時過ぎである。
さすがに眠そうだ。
本来ならば、点呼の後にはラジオ体操が待っているそうだが、それも今日はなし。生徒は足早に、朝の厩舎作業へと向かう。移動の基本は駆け足。ダラダラ歩くことは許されない。
6時00分
今日は大雪だ。だからと言って、厩舎作業が休みになるはずもない。生き物を相手に仕事をするというのは、こういうことなのだ。
寝ワラ上げ、厩舎の掃除、朝飼い付け。寒さに首をすくめながらも、黙々と作業をする。
どの生徒も入学してから1年近く経つので、作業もじつに手馴れたもの。ちょうど近くにいた1年生に話を聞いてみた。
「生活には慣れたけど、朝起きるときはまだ辛いです。分かっていても、もうちょっとって思います」
彼の名は藤岡康太くん。みんなから好かれるジョッキーになるのが夢だそうだ。
厩舎作業がすべて終わると、午前の実技訓練に向けて、鞍などの道具を所定位置へ運ぶ。
この頃になると、雪はさらに勢いを増していた。そして鞍はとても重い。風雪に体を煽られながら、生徒が筆者の前をフラフラと通り過ぎていく。
「お,お、重いっす―‥‥」
「つ、つ、辛いっす……」
「さ、さ、寒いっす……」
かすかに残る声だけを残して……。
7時00分
朝の厩舎作業を終え、生徒たちはようやく朝ご飯を食べられる。減量苦というイメージがあったのだが、おかわりをするなど、みな意外とよく食べる。
「よく食べ、よく動いて、健康的に体力維持をするのが基本です」。むろん、体を壊してまでのダイエットは、学校でも推奨していない。
どうしても体重が落とせない生徒は、ジョッキーとしての適性がなかったと諦めるしかない。
これも勝負の世界の厳しさなのだ。
8時00分
朝食が終わると、いよいよ午前の騎乗訓練が待っている。午前中だけで、1年生は3鞍、2年生は4鞍、教官にミッチリとしごかれる。でも生徒たちは、「乗ることが、いちばん楽しいです」と、一様に明るい表情を見せる。
だが今日は大雪である。
屋内馬場での訓練となった1年生と違い、今日も屋外での訓練が決定した2年生は、雪が降り積もった馬場に顔をこわばらせる。
そんな彼らに、教官からは容赦なくグズグズすんな!と檄が飛ぶ。
いちばん激しく生徒たちに声をかけていた元ジョッキーの教官に、騎手を志す人へのアドバイスを聞いてみた。
「もちろん乗馬をしていた方がいいね。でもそれよりも基礎体力だよ。乗馬技術や精神面まで、騎手になるために必要なことは、入ってから全部きっちり教え込むから、まずは厳しい訓練に耐えうる体を作ってきて欲しいね」生徒たちへの注意をしながら、教官は話を続ける。
入ってからは、ほんとうに辛いよ。ついてこれない人は、そこで脱落するんだ」最近は、地方や外国人騎手たちの台頭という若手騎手にはとても厳しい現状がある。それを踏まえた上で、競馬学校でもより一層高いレベルでの騎手育成を目指している。むろんそのレベルについていけなければ、留年や退学もありえるということだ。
教官の熱い檄に合わせ、雪は激しさを増す。ボールペンのインクが凍り付いてしまい、筆者もメモが取れない。
「うわあああ……さむいいいいいい……」生徒たちの絶叫が、いつまでも白い馬場にこだましていた。
9時00分
本来ならば2鞍目の騎乗訓練を行うこの時間、1年生は教室にいた。雪の影響で、急速、学科がこの時間にずれこんだのだ。
今日の学科は『競馬のしくみ』。この他には国語、英語、美術、体育、茶道、さらには競馬法規や馬学などのカリキュラムが組まれている。
普段はそれらの授業を昼食後の午後1時から、毎日2コマずつ受けているそうだ。
実技で疲れた体に、お腹は満腹。生徒は日々に、「学科は眠いです」と漏らす
12時00分
午前の実技訓練と厩舎作業が終わると、待ちに待った昼ご飯の時間となる。普段だと、途中15分ほどの厩舎作業を挟んで、この時間から学科の始まる午後1時までが、昼食と束の間の体息タイムとなる。
寮のロビーで、スポーツ新間を見ながらくつろいでいた2年生に話を聞いてみた。
「やっぱり競馬の記事を最初に見ます。で、そのあとは芸能(笑)」
しかし、飛び交う会話は、やっぱり普通の10代だ。
PM2時45分
眠い、つらいと評判の学科が終わると、生徒たちには午後の厩舎作業が待つ。
ここでは馬の手入れが主な作業となってくる。
騎手過程の生徒たちは、ひとりで2頭の馬を担当している。彼らは厩舎作業を経験することで、裏方さんの苦労を知り、そして馬への愛情を覚えていく。
それは騎手として、そして立派な競馬人になるために必要なことなのである。
馬、めっちゃめちゃ可愛いいです。
苦労話も明かしてくれたが、彼から笑顔が消えることはなかった。
この時間の作業が終われば、ひとまず授業は全て終了となる。いつのまにか雪もやみ、辺りは穏やかな時間が流れていた。
17時00分
全ての作業を終えると、午後7時30分に行われる夜飼い付けまでの時間は、夕食を含めた自由時間となる。
「この時間の使い方で、違いが出てきます」という。
さっそくトレーニングルームを覗いてみると、そこには黙ってマシンに向かう生徒たちの姿があった。隣りの体育館でも、バスケットやサッカー、綱登りなどをして、体を動かす生徒たちでいっぱいである。
また別室では、電動木馬に跨り、熱心に騎乗フォームをチェックする生徒の姿も見られた。
彼らは朝5時過ぎには起き、この時間まで厩舎作業や厳しい実技をこなしている。その中で、自らがすすんでトレーニングに励んでいるのだ。
「とにかく基礎体力が大事」という教官の言葉を思い出す。
20時
夕食を済ませ、馬に夜飼いを付ければ、今日の授業はすべて終了となる。ここから就寝時間の午後10時までが、生徒たちに与えられた完全に自由な時間である。
この時間にトレーニングをする生徒もいるが、やはり楽しみなのはテレビ番組なのだという。
聞けば、「人気があるのは音楽番組か、お笑い番組ですね」とのこと。
談話室では1年生が盛り上がっている。どうやらグルメ情報誌を見ているようだ。
「こってりとしたラーメンが食べたいです」
街の高校生と何か違うようで、まったく同じ。
不思議な感じもするが、彼らには捨ててきたものと大きな夢がある。
自分で決めた道ですから、辛いことはありません。でも、おかんの飯は美味かったんだなってしみじみ思います。彼らの前途に栄光があることを、そしてこれから競馬学校へ入り、騎手を目指そうとする人たちが、高き壁を乗り越えることを願わずにはいられない。
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