伝説となった巨漢馬たち
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2013年秋ブラックキャヴィアは25連勝を飾った。 レースは2013年4月13日、シドニー郊外のランドウィック競馬場で行われたスミスS (豪Gl、芝1200m)。主戦騎手のL ・ノレンが騎乗し、3、4番手から外に出して抜け出し、2着馬にあっさり3馬身の差をつける楽勝だった。 これでGl・15勝の豪州レコードを達成。その後も現役続行かどうか注目されたが、P・ムーディー調教師から4月17日になって引退させるとの発表があった。ブラックキャヴィアの25戦25勝は、無敗かどうかを問わず、豪州の連勝記録である。サラブレッドの無敗記録では、名牝キンツェム(ハンガリー産、1874年生まれ)の54戦54勝があまりにも有名。ブラックキャヴィアの成績は20世紀以降の無敗の世界記録とされるブラックキャビアは体高16・2ハンド(約167・6センチ)、馬体重570キロの、およそ牝馬らしからぬ巨漢を誇った。唯一の海外遠征となった2012年のゴールデンジュビリーS (英Gl)では、女だてらに居並ぶ牡の強豪たちを脱みつけ、レース前から勝負あったの雰囲気だったという。
生涯25戦のうち24戦までは1000~1200mのスプリントレースだった。2012年2月のC ・F ・オーアS (豪Gl、1400m)も楽勝だったが、ムーディー調教師はそれ以後、三度と距離延長を試すことはなかった。 2012年の英国遠征では、英国の無敗の名馬フランケルと1マイルでの世紀の対決が期待されたが、ムーディー調教師はついに首をタテに振らなかった。実に賢明な判断だと思う。 ブラックキャヴィアに1マイルは長いと思うからだ。 かくして、不敗伝説が語り継がれていく。
これと対照的に、あえて1マイルで戦ったのが香港の名スプリンター、サイレントウィットネス(豪州産、1999年生まれ、父エルモキシー)である。 一体、何を食べさせたら、こんな筋肉の鎧をまとった怪物のような馬体になるのか? 香港でこの馬を見るたび、僕はそう思ったものだ。
サイレントウィットネスは2005年4月、デビューから無敗の17連勝を達成する。これはリボーの16戦16勝を抜き、20世紀以降の無敗の連勝記録である(当時)。その日、記念の野球帽がファンに配布され、シャティン競馬場はケガ人が出る大騒ぎとなった。 サイレントウィットネスは香港の社会現象となっていた。日本のオグリキャップ級のアイドルホースだった。この馬が走るたび、競馬場が大歓声に揺れた。 サイレントウィットネスの17連勝は、12勝までが1000m、4勝が1200m、残る1勝が17連勝目の1400mである。その丸々とした580キロ級の巨漢に加え、四肢の短さからも、距離が持たないのは明らかであった。 にもかかわらず、A ・クルーズ調教師はこのあと、日本の安田記念(1600m)を目指すことを公言。その足慣らしとして、1600mのチャンピオンズマイル(香港ローカルGl、現国際Gl)に向かわせたが、やはり距離が持たない。これを2着と敗れ、ついに連勝がストップ。それでも安田記念に遠征し、よく3着に粘った。
その4か月後、サイレントウィットネスは日本のスプリンターズS (Gl、1200m)を勝つ。こうしてクルーズ調教師は溜飲を下げたが、あえて冒険をせずに、ずっと1200m以下、ないしは1400mまでのレースに専念していたら、無敗の連勝記録はもっともっと続いただろう。それは先刻承知の上で、あえて1600mを目指した陣営の決断は、競馬本来のスポーツ精神に溢れていて、実に潔かったアメリカのゼニヤッタ(2004年生まれ、父ストリートクライ)も記憶に残る名馬。
まず2009年のブリーダーズCクラシック。ここまで13戦13勝、Gl・7勝といっても、それは牝馬戦ばかり。牡の強豪相手にどうかと思っていたら、1番人気に推され、少し出遅れて悠然と最後方を追走する展開から、 一気に差し切って大向こうを唸らせた。牝馬がこのレースを勝ったのは初めてのことだった。
CD版『ゼニヤッタ、生ける伝説』に収録されたテレビ中継を見ると、実況の盛り上がりようも半端ではない。シービスケットのような不減の名馬が現れた。これだけサンタアニタが沸いたのはずいぶん久しぶりのことだ。解説者がそう言っていた。 そして引退レースとなる2010年のブリーダーズCクラシック。今度はチャーチルダウンズ競馬場のダート10ハロンである。ここまで19戦19勝。2年前に19戦無敗で引退したベッパーズプライド(ただし重賞勝ちなし)の北米無敗記録に並んだ。Gl ・13勝は北米牝馬のレコード。前走でGl・9連勝の世界記録も樹立した。
パドックでじっと待つ。周りがどよめいて真打ち登場を知った。これが牝馬かと思わせるゼニヤッタの巨体が、まるで闘牛の横綱のような威圧感を漂わせて現れる。それは「のっしのっし」というより、あえて「ぐにゃりぐねり」と表現したくなる独特の「ゼニヤッタ。ウォーク」であった。 四肢が長すぎて、真っすぐに歩けない!なぜゼニヤッタがいつも出遅れるのか、その理由がはっきりする。肢が長すぎてもつれ、ゲートから速く飛び出せない。
ゼニヤッタは馬体重1217ポンド(552キロ)というのも凄いが、体高17・2ハンド(177・8センチ)も驚きである。通常の牡の競走馬より15センチほども背が高い。それでいて中距離馬の体型であり、とにかく肢が長い。 案の定、ゼニヤッタは出遅れた。それも通常よりひどい出遅れ。4コーナーまで来ても絶望的な差があった。ダメだ、もう届かない、ファンの悲壮な思いが伝わったかのように、そこからゼニヤッタの逆襲が始まる。 しかし、これはアメリカ最高峰のレースである。相手も強い。ゼニヤッタは渾身の追い込みを見せたが、アタマ差及ばなかった。ゼニヤッタは負けて初めて、本当はどれだけ強いんだと思わせてくれる馬だった。こんな馬は滅多にいない。
伝説となった巨漢馬たち
ブラックキャヴィアに見る巨漢馬の時代
オーストラリアの女傑ブラックキャヴィア(牝6、父ベルエスプリ)の快進撃がどうにも止まらない。
昨年6月、英国へ遠征してロイヤルアスコットのゴールデンジュビリIS (GI、1200m)を1番人気に応えて優勝。しかし、このレースで筋肉痛を発症し、母国へ帰って調整に努めること7か月余り。ようやく2月、自分の名前が冠せられたブラックキャヴィア・ライトニングS (GI、1200m)でカムバックすると、これをあっさり快勝した。
続く3月23日のウィリアムリードS (GI、1200m)は、牡馬相手に先行して抜け出し、4馬身差の圧勝。これでなんと24戦24勝、自身の持つ蒙州の逹勝レコードを難なく更新中である。GI勝ちは14となり、キングストンダウンの蒙州レコードと並んだ。 当初、ブラックキャヴィアは今年7月末で終了の12/ 13年のシーズンをもって引退の子定だった。
しかし、今がまさに最盛期と言っていいような、負ける気配のない圧倒的な強さを見せていることから、P ・ムーディー調教師は来季も現役続行の可能性について言及するようになった。そうなったら、きっとファンも大喜びだろう。 このブラックキャヴィア、実は570キロからの巨漢馬であることもよく知られている。 名スプリンターには大型馬が多いといっても、牝馬ですからね。強さばかりか、まさに大きさも規格外である。
香港のスプリント路線で無敵を誇ったサイレントウィットネス(デビューから17逹勝したことで知られる)も、巨大な馬だった。日本で05年のスプリンターズS (中山)を勝ったから、ご記憶の方も多いかと思う。レースでの最高体重は驚きの580キロに逹したけれど、この馬は陽馬だった。 アメリカで一世を風靡したゼニヤッダも、牝馬で550キロからの巨漢だった。こちらはスプリンターではなく長距離馬だから、余計に凄いというか、圧倒的な存在感があった。
2009年のブリーダーズCクラシック(米GI、サンダアニダ、全天候10ハロン)で牡馬を蹴散らしたシーンは、大型馬すぎて、いつもスタートダッシュがつかず、最後方からものすごい勢いで飛んでくる。 引退レースの2010年のブリーダーズCクラシックも、ケンタッキーのチャーチルダウンズ競馬場まで観に行ったが、出遅れがひどくてとうとうアダマ差届かず、生涯20戦目で初めて2着に敗れてしまった。負けたのに、こんなに強い牝馬がよくいたものだと感赴させられた。
今、世界は超大型名馬の時代に突入したのだろうか。サラブレッドも、まるで恐竜みたいにどんどん大型化して、そのうち収拾がつかないことになるのだろうか(まさか)。 そういえば2012年秋、ウォッカの初仔で父シーザスターズの牡1歳が540キロもあるということで話題になった。このまま順調に成長していったら、一体どこまで大きくなるのか。果たしてゲートに入れるのか。つい余計なことまで考えてしまう。もっとも2012年4月5日、JRAで6勝したクリーン(牡8、父ホワイトマズル)が船橋転厩初戦を621キロの馬体重で勝ったというニュースがあった。ウォッカの初仔が名馬に成長する可能性も、もちろん十分にあるのだ。
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