JRAに関する問題|競馬力検定試験問題

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JRAに関する問題
沿道にアロースタッドなどの牧場が並ぶ桜並木で有名な静内の道路JRAという略称が制定された年は?
①1964年(昭和39年)
②1984年(昭和59年)
③1987年(昭和62年)
④1990年(平成2年)


《解説》Japan Racing Associationの略。場外発売所の愛称。WINS(ウインズ)もこの年に制定されました。
A③1987年(昭和62年)


日本中央競馬会の創立はいつ?
①1932年(昭和7年)
②1947年(昭和22年)
③1954年(昭和29年)
④1956年(昭和31年)


《解説》1862年(文久2年)に現横浜市で居留外国人が実施した競馬が中央競馬のルーツといわれています。明治、大正、昭和の初期は公認クラブが競馬を開催しましたが、1936年(昭和11年)に11のクラブが統合されて日本競馬会が誕生。1948年(昭和23年)からは政府が施行することになったものの、国営は不自然という理由で特殊法人として1954年(昭和29年)9月16日に日本中央競馬会が設立されました。 ちなみに1932年(昭和7年)は日本ダービーが創設された年。1947年(昭和22年)は戦後最初のダービーが行われた年、1956年(昭和31年)は第1回有馬記念が中山グランプリの名称で実施された年です。
A③1954年(昭和29年)


中央競馬会初代理事長の名に由来するレースは何?
①安田記念
②有馬記念
③目黒記念
④根岸S


《解説》日本ダービー創設などに尽力した安田伊佐衛門氏の功績を称え、1951年(昭和26年)に第1回が行われました。有馬記念は2代目理事長有馬頼寧(よりやす)氏がプロ野球のオールスターゲームにヒントを得て、ファン投票制度の中山グランプリを1956年(昭和31年)に創設。同氏は翌年1月に死去したため、功績を称え第2回から有馬記念に名称変更。目黒記念は東京競馬場の前身である目黒競馬場の記念レースで1932年(昭和7年)創設、1983年(昭和58年)までは春。秋2回施行されていました。根岸Sは1942年(昭和17年)限りで廃止された横浜競馬場が根岸にあったことから根岸競馬場といわれ、これを記念して1987年(昭和62年)に創設されたのです。
A①安田記念


旧8大競走に含まれないレースはどれ?
①桜花賞
②優駿牝馬(オークス)
③有馬記念
④宝塚記念


《解説》8大競走は皐月賞、東京優駿(ダービー)、菊花賞、桜花賞、優駿牝馬(オークス)、のクラシックレースと春・秋の天皇賞、有馬記念で構成。宝塚記念は西のグランプリとして有馬記念の4年後の1960年(昭和35年)に創設。早くからGI級のレースではあった一方で、全国発売になったのが1976年(昭和51年)と遅かったなど、8大競走ほどのステータスを得るのに時間がかかりました。
A ④ 宝塚記念


中央競馬にグレード制が導入されたのは1984年(昭和59年)でグレードレースの総数は94レースでした。
そのうちGIレースの数は?

①14レース
②15レース
③16レース
④18レース


《解説》当時の施行順に、桜花賞、皐月賞、天皇賞(春)、安田記念、オークス、ダービー、宝塚記念、天皇賞(秋)、エリザベス女王杯、菊花賞、マイルチャンピオンシップ、ジャパンC、朝日杯3歳S(現フューチュリティS)、阪神3歳S(現ジュベナイルフィリーズ)、有馬記念。
A② 15レース


次のレースのうち、グレードが昇格した経緯があるのはどれ?
①日経新春杯
②ローズS
③神戸新聞杯
④アルゼンチン共和国杯


《解説》グレード制が導入された1984年(昭和59年)から3年間はGⅢだったのですが、弥生賞などとともにGⅡ に昇格しています。
A③神戸新聞杯


次のレースのうち降雪のためレースが芝からダートに変更になり、そのためグレードが取り消された経緯があるレースはどれ?
①中山金杯
②アメリカジョッキークラブC
③日経新春杯
④東京新聞杯


《解説》1995年(平成7年)2月5日、降雪の影響で芝1600メートルからダート1600メートル(東京競馬場)に変更になったため、GⅢ のグレードが取り消されました。グレード制導入初年度の1984年(昭和59年)1月22日、中山のGⅡ アメリカジョッキークラブC(優勝馬シュザンキング)が降雪の影響で芝2200メートルからダート1800メートルに変更。 同日の京都のGⅡ 日経新春杯(優勝馬エリモローラ)も雪で芝2400メートルからダート2600メートルに変更。「まったく違う性格のレースになっているのにグレードがつくのはおかしい」といった意見が出たことを受けて、JRAは規約を改正し、同年2月3日以降当初の予定から大きく条件が変更された場合はグレードを取り消すというルールができました。そして1995年(平成7年)東京新聞杯はその最初のケースになり、勝ったゴールデンアイの田中剛騎手は平地重賞初制覇にもかかわらず、グレードの取り消しで複雑な表情を浮かべていました。その後エルコンドルパサーが勝った1998年(平成10年)の共同通信杯(東京競馬場)でも雪のため芝1800メートルからダート1600メートルに変更、GⅢ が取り消されています。ちなみに米国では馬場変更の場合はグレードが1ランク下がる規定になっていて、日本から移籍したフェスティバルが勝った2004年(平成16年)12月20日、ハリウッドパークのダリアHは芝1700メートルからダート1700メートルに変更されて、GⅡからGⅢ になっています。
A ④東京新聞杯


次のレースのうちグレードが降格した経緯があるレースはどれ?
①ダイヤモンドS
②中日新聞杯
③鳴尾記念
④愛知杯


《解説》開催時期がめまぐるしく変更。宝塚記念のステップレースとして1997年(平成9年)から3年間6月に行われていましたが、2000年(平成12年)には暮れに移り、別定重量戦からハンデ戦に変わると同時にGⅡ からGШ に降格しています。他の3レースは時期の変更などはあったものの、GⅢ のまま。
A③鳴尾記念


次のレースのうちグレードが2度変更になった経緯があるレースはどれ?
①ニュージーランドT
②サンケイスポーツ賞フローラS
③京都新聞杯
④産経賞オールカマー


《解説》菊花賞トライアルとしてGⅡ で実施されていましたが、菊花賞の時期が繰り上がった2000年(平成12年)に、GⅢ 京都4歳特別を廃止してこのレースの代わりに5月初旬に移行しています。同時にGⅢと中央競馬のGレースでは鳴尾記念と並んで初めて降格、いきなり優勝馬アグネスフライトがダービー馬になり、翌年すぐにGⅡ に戻っています。
A③京都新聞杯



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