胎仔のうちから成長して生まれるサラブレッドの進化と遺伝子

トンビは夕力を産むか?

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「トンビがタカを産む」と「蛙の子は蛙」。相反する意味ながら、どちらも納得できることわざである。 しかし、遺伝の世界では、圧倒的に「蛙の子は蛙」。子は親に似るというのが鉄則だ。つまり、両親のもっている遺伝情報を正確に子に引き継がせることこそが、遺伝子の役割なのである。だからこそ、競走馬の世界で、すぐれた祖先をもつ馬の血統が重要視される。

遺伝子は、対になった染色体と呼ばれる分子からなっている。一方は母親から、もう一方は父親から受け継いだものである。さらにこの染色体は、DNAと呼ばれる一対のらせん状の糸でできている。顕微鏡でしか見えない小さな細胞の中に、人間の場合で全長1.8mものDNAの糸が入っている。しかもほとんどすべての細胞の中に、人間の設計図が数十億個も書き込まれている。この設計図は四文字(G、A、T、C)だけの遺伝子暗号の配列によるものだ。

高度に進化した人間の遺伝子は、最も高等で長さも長いと思われるかもしれない。しかし実際は、人間よりもサンショウウオのほうがはるかに遺伝子は長く、ムラサキツユクサの遺伝子に至っては、一細胞の中に人間の10倍の長さの遺伝子が詰まっている。

一般に高等な生物ほど遺伝子は長いが、長ければ長いほど高等というわけでもない。 遺伝子の役割は両親の情報を子に伝えることだが、数十億個の遺伝情報を間違いなく伝えるのは至難のわざ。遺伝子も親から子へ伝えられる段階でいくつかの間違いをする。それが生物学的に有用な場合には進化につながることもある。

間違いに間違いを重ねた結果、現在の人間や馬が生まれたというのもあながち間違いとはいえない。ではこの先、人間は、そして馬はどのように進化していくのだろう

馬はふたごで生まれない?多胎妊娠と単胎妊娠
1980年代はじめに中央競馬にデビューした、コートバナーとグレースバナー。この二頭は何度かマスコミにとりあげられ、ファンの注目を集めたことがあるので、ご記憶のかたもあるかもしれない。めずらしいことに、双仔だったからだ。

馬、特に競走馬には、双仔はまれな存在だ。動物界に見られる多胎妊娠には、発生学的に言って一卵性のものと多排卵性のものがある。ブタやネズミなどは同時に二個以上の排卵によって受精する多胎妊娠を基本的な生殖形態とするため、一度にたくさんの子を産む。

一方、馬、牛、人間、猿などは本来単胎生殖で、一個の受精卵が2~数個に分割する場合のみに多胎妊娠となる。単胎生殖の動物にとって、双仔や三つ仔は例外的なのだ。 このように単胎および多胎妊娠の区別がなぜあるのか。現在のところ定説は見当たらないが、ひとつの仮説として、魚類、両棲類、鳥類、爬虫類そして哺乳類といった、進化と淘汰に関係があるのではないかと考えられている。

つまり、サケやカエルなどのような動物は、外敵によるリスクの中で子孫を維持するために多胎妊娠を必要とし、それに比べて高度に進化した動物では淘汰の作用によって多胎妊娠が減少し、単胎妊娠に向かうというのである。さて馬の双仔の場合、正常に分娩されることは難しく、 一般には流産したり、仮に生まれたとしても競走馬として育つまでには至らなかったりする例が多いことが報告されている。

その理由としては、胎盤の形態が多胎に適さないことが考えられる。正常な胎仔は母馬の子宮内全域に形成される胎盤を介して栄養を摂取する。

一方、双仔の場合には胎盤を分割する癒合部が形成されて胎盤面積が減少する。そのため胎仔は十分に発育できず、中途で死亡したり、未熟で生まれてその後の発育が遅れたりする。本来は単胎妊娠である馬にとって双仔は異常な妊娠であると判断する、自然の摂理が働くためとも考えられるだろう。

競走馬としてデビューにまでこぎつけた希有な例として話題になった双仔のコートバナーとグレースバナーだが、あいにく、その後確かな戦績をあげることもなく、中央競馬を去っていった。

お腹にいるときからしっかり成長
恐竜が地上を闊歩していた時代には、人間や馬の祖先も卵で生まれていたと考えられる。つまり卵生である。いつのころからか、母親の子官で一定期間を過ごし、出産時には外界の環境でほぼ自活できるような習性を獲得するようになった。かくして現在、人間も馬も胎生である。

母体の中にいるあいだ、ひ弱な胎仔を守り、しかも発育を助ける重要な組織が、胎膜である。馬の胎膜は三つの層からなる。最も内側の、胎仔を直接取り巻く組織は羊膜で、その内腟に羊水が入っている。羊水は外部からの衝撃を緩和し、胎仔は羊水中で自由に動くことができる。

羊膜の外側にあるのは尿膜。胎仔の排泄する尿はここに入って、この尿膜が胎仔の膀胱の役目を果たしている。 胎膜のいちばん外側の層は、脈絡膜という。子宮の内膜と密着し、血管に富み、しかも絨毛状の構造をしている。特に馬の場合、脈絡膜は母親の子宮内膜の全面と結合し、この部分で母子間の栄養や酸素の交換が行なわれる。

子宮の異常、あるいは妊娠中の母体への種々のストレスなどは、胎膜に障害を引き起こすことがある。 その結果として母体から胎仔への血液循環(子宮胎盤循環)が減少し、流産や早産となったり、子宮内成長遅滞と呼ばれるような仔馬の成長・発育の障害が現われたりもする。これがその後の仔馬の病気の素因のひとつとなっていることも、最近の調査結果から明らかになっている。

このように、胎膜は胎仔の老廃物の排泄や栄養供給の中継所であり、胎仔を健やかに育てる最初の役目を担っている。胎膜を介して母から子へ十分な栄養が伝達され、母体内での胎仔の成長がうまく営まれてこそ、出生後の仔馬は早々に自分の足で立ち乳を飲むことができるのである。
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